空の屋根に座って

感動は、残しておきたい。

【感想】幻想映画館

 “鉄は熱いうちに打て。感想は忘れぬうちに書け。”

 読み終わったの1か月以上も前なので、「すごい良かった!」という印象だけしか残っていないという悲劇……(つд⊂) ちょっとうろ覚えですが、せっかくいい本なので書き留めておこうと思います。

 

 まず、掴みがすごい。のっけから親の不倫現場を目撃してしまうとか……衝撃でした。たぶん、私だったら「この世の終わり」みたいになるけれど、この本の主人公であるスミレはあまり悲壮感がないんです。ドロドロしすぎないところも、この作品の魅力ですね。

 スミレはおっとりした性格の高校生で、「ひとりしりとり」が好きという個性派。クラスでは馴染めず、家庭でも両親は不仲。現実から抜け出したい要素が満載なわけですが、そこへ転がり込んできた「映画館でバイトをする」という機会。こうした展開には、一気に引き込まれてしまいます。

 

 この映画館自体、かなりファンタジーで魅力的な設定なのですが、やっぱりこの小説の素敵なところは、人が抱えている孤独だとか、その心細さを癒してくれるような温かさがたくさんあることだと私は思います。今回の話で言うなら、幽霊の真理子さんにMVPをあげたい。

 たとえば、駅裏三丁目に来た時のスミレと真理子さんの会話。

「ひっそりした場所なのよ。卒業するまで、存在を忘れられている子みたいな……」

「それ、わたしかも」

「それでもいいじゃない……」

 ここで「そんなことないよ」じゃないところがミソなんですよね。どっちが悪いとかじゃなくて、どんな形でも肯定してもらえるって、すごくホッとします。

 

 ほかにも、有働さんがゲルマ電氣館で働く理由を話すところも好きです。

「就職面接の時に、志望動機というのを訊かれるわけ。ぼくは『おんぼろの映画館が、自分の居場所だから』って答えることにしてるんだ。無礼だってことは自覚しているけど、本当のことだからそう云うんだよ。(以下略)」

 目まぐるしく動く経済のなかで、あえて「おんぼろ」を選ぶって勇気のいることだと思います。まぁ、好きなことがしたい有働さんにとっては、自然体で言えてしまうのでしょうけど。「あっちのほうが良いんじゃないか」って気を取られることのない芯の強さがかっこいいし、羨ましいです。

 

 高校生から映画館のバイトになってしばらく経ったスミレ。けれど、その状況はずっと続くものではなく……幽霊が最後に消えてしまうのって、もう逃れられない運命みたいに約束された展開ですよね。

 しかも、あんなに愛していた支配人はその別れを覚えていないだなんて……! 切なくてボロボロ泣きました。ラストがそれだったから、読了後はまるで雨上がりの空を見ているかのような気持ちになります。