空の屋根に座って

感動は、残しておきたい。

【感想】本日はお日柄もよく

 2020年11月3日(火)

 アメリカではついに大統領選挙が行われていますね。郵便の期日前投票が増えて、投開票に時間がかかるようですが、果たしてどちらの候補者になることやら……。

 日本と制度が違うからなのか、アメリカの選挙活動ってとにかく派手に映ります。

 その割に、当選してから実際に何をやるのか今いち分からないところはどの国も変わらないのかなぁ、なんて思ったりもしますが……。

 

 世界的にも重要な分岐点になるかもしれない今日、この一冊をご紹介しようと思います。

 

 まず、スピーチライターという職業があることを、この本で初めて知りました。

 政治家の演説って、官僚が原稿を作るとばかり思っていましたが、よく考えてみれば政治家に「スピーチの専門家」がついていないわけがないですよね。勝つためにはどう話せば効果的か、そのノウハウをもつスペシャリストがいるなら、絶対に依頼しているはずです。

 それなのに、スピーチライターは目立たない。おそらく、徹底的に裏方な職業でなければならないからだと思います。だって、「〇〇党の〇〇氏がした演説の原稿はスピーチライターが作った」なんて知られたら、「自分の意見じゃないのかよ」って突っ込まれますものね。そういう性質から、なかなか一般には馴染みのないお仕事なのかもしれません。

 

 そんな謎に包まれたスピーチライターという職業。この本では、主人公こと葉(OL)が伝説のスピーチライターと出会ったことをきっかけに成長していくストーリーを描いています。

 

 結婚式にもスピーチってありますよね。「ただいまご紹介にあずかりました〇〇と申します。〇〇君、〇〇さん、ご結婚おめでとうございます。また、ご両家のご親族の皆様におかれましても……」ってやつ。

「ああ、だめだ。猛烈に眠い」

 これは列席していた結婚式で、こと葉の気持ちを表したモノローグです。一生懸命スピーチしている人には悪いですが、退屈な話を聞かされてる側はこうなりますよね。

 

 けれど、格の違うスピーチは強烈に人の心を引きつけます。

 スピーチライターの久遠久美が、司会から紹介を受けてマイクの前に立ちます。しかし、なかなか話し出さない。すると、それを不思議に思ったゲストたちが歓談をやめて、会場はしんと静まり返る。全員の視線が久美に注がれる。

「あれは、二か月ほど前のことだったでしょうか」

 そんな始まりで語りだしたスピーチは、一般人がやれば出来すぎなくらいハイレベルなものでした。そうそう、結婚ってもっと温かいものだったよね、と純粋にお祝いの気持ちを湧かせてくれる内容でした。

 

 それが鮮烈すぎて、こと葉は久美に弟子入り。製菓会社のOLがスピーチライターに転身するんだから、人生って分からないものだなぁって思います。しかも、担当する案件は選挙の演説スピーチ。政治知識ゼロからのスタートで、なんか最初は小説だったのに、途中からドキュメンタリーを読んでるような気分でした。プロフェッショナル仕事の流儀みたいな。

 私もこと葉に負けず劣らず政治知識ゼロなので、この小説を読んで「ネットでの選挙活動はNG」と知りました(今は条件付きで解禁されているようですが)。それと、集会に関しても「自分が招くのはNG」だけど「招かれて出向くならOK」ということも初めて知りました。そんなの地元の有力者とかに通じてて、支持団体が多い人は有利というか、選挙って出来レースだよなぁとしみじみ思います。

 

 そんななか読んでいて好感がもてたのは、久遠流のスピーチライターは付け焼き刃ではないということ。あくまで考えるのは本人。なぜなら、結婚式のスピーチと違って、当選したあと何も成さなければ「騙した」と国民に言われてしまうから。ライターが原稿を書いて、それを候補者が読むなんて機械的なものではないところが好印象でした。

 

 逆に、2020年の今に読んでいるせいか、現実の日本と重なって残念にも思ってしまいました。固有名詞は違うけれど、どう考えても民主党政権交代する前の話をモチーフにされていて、交代した後のずさんさを目の当たりにしてしまった身からすると「美辞麗句につられてしまった」という印象が拭えないです。

 政治の腐敗と官僚主義の排除、後期高齢者医療制度の見直し、年金未払い問題の解決、医師不足の解消、地方都市と地域の活性化、日米安保の再確認、北朝鮮問題の解決、消費税増税反対……

 どれも実現したら嬉しいけれど、実現するための具体策に目を向けられなかった反省があります。選挙中は「結果」の部分だけを力強く言ってますしね。「パンダはなぜ白と黒なのか」みたいなことを真に迫る調子で言われると、さして中身がないのに「おお……!」とかなってしまうんだろうなぁと思いました。

 

 そんなこんなで、せっかくの感動ストーリーのはずが、政治の部分で冷めてしまった感がありました。こと葉がワダカマにライバル心を燃やしながら成長していく部分とか、ずっと頼りにしていた姉貴分の久美さんが渡米してしまうところとかは良かったのに……。小説の小山田党首のようなクリーンな人が首相をやったら、また違ったんでしょうかね。