空の屋根に座って

感動は、残しておきたい。

【感想】月読

 美しい表紙と題名だなぁと思い、購入しました。けっこう分厚いです。

 もともと読むのが遅いうえ、書き方を意識しながら読んでいたので、手を付けてから1か月くらい経ってしまいました(ノAヽ)

 ミステリをぶつ切りで読むのはよくないですね。せっかく張られた序盤の伏線も最後のほうには忘れていることが多かったです。

 ちょっともったいないなぁ、と思いつつ以下ネタバレありの感想(辛口)です。

 

 まず挙げるべきは、独特な世界観。このお話には月導(つきしるべ)という人の死後に現れる超常現象が存在し、それを読み解くのが月読(つくよみ)という職業の人たちです。たいていそういった特殊能力を持つ人は人口も少なくて、例に漏れず月読もまた特別視される存在です。

 けれど、ファンタジー色はそこまで強くなくて、上記であげた設定以外は現代日本とほぼ変わりません。月読自体も世俗化していて、“葬式なんかだと、いつも同じように『月読によりますと故人は生前の皆様のお心遣いに深く深く感謝の念を抱き』とか”(54ページ)の挨拶がなされるほど、日常生活に馴染んでいます。特殊なお坊さんって位置づけですかね。月導を読んでほしいと依頼するときもお布施ならぬ読み代(よみしろ)で五十万払わないといけないし。

 しかも月導で読み取れる意味が神秘的な美しいものや、大切な人を想う愛しいものばかりでなく、“障子紙が破れている”(117ページ)といった“特別でないもの”が例示されたのも現実味があってよかったです。

 そうやって特殊設定を現代社会に溶け込ませる手法はお見事でした。文章だけでイチからファンタジー満載にすると、説明ばかりで私の想像力がついていかないので、舞台が身近だったのはとっつきやすかったです。

 もうひとつ親しみを感じる要因に、文の端的さが挙げられます。特に「 」後の一文。“河井が訊いた”(316ページ)とか、“克己は立ち上がった”(332ページ)とか、全体的に短い文をもってきています。こうすることで誰のセリフか一発で分かるし、テンポを上げるのにも一役買ってるんですよね。

 私なんかはあれもこれも症候群で詩的な表現を求めてコテコテにしちゃうんで勉強になります。“良作は大きく表現しようとしない”みたいなことを王様のブランチでも言ってたし、シンプルって大事だなぁと確認させられました。

 そして今回も犯人の予想惨敗(;へ:)伏線をひとつも見破れませんでした。悔しい!笑

 登場人物が多いと頭パンクしますよね。加えて、この作品は二人主人公の構成をとっていて、めちゃくちゃ場転します。情報を整理させたり、気づく隙を与えまいとわざとやってるんじゃないかってくらい。もしそれが狙いだとしたら、ミステリ作家おそるべし、って感じですが、個人的にはあまり好きになれない構成でした。漫画や映画など絵のある媒体なら大いに盛り上がりますが、小説となると統一感に欠ける気がします。

 というのも、河井寿充という一匹狼な刑事と、絹来克己という男子高校生の二人の視点を行ったり来たりする構成は、飽きないといえば飽きないですが、主人公たちの感情の変化や成長を実感しにくいように思うのです。

 しかもこの二人、同一事件に巻き込まれてはいるものの、仲間でもなんでもないので余計にそう思ったのかもしれません。物語中はほぼ別行動をとっていて干渉し合わないため、犯人が分かるクライマックス周辺は特に場転が激しかったです。

 そうしないと一方の主人公が置いてけぼりになってしまうから、という理屈はわかりますが二人主人公の構成の話は大事なところで一方に専念できないのがつらいですね。

 

 クライマックスの伏線回収はミステリ作品らしく型にはまっていました。しかし、ぶつ切りに読んだせいでいまいちしっくりこないというのが本音です。ただ、

“三人以上の人間が同時に死んだときには明確な形での月導は出現しない”(464ページ)

 という設定から、じつは大量殺人の予定だったと月読である朔夜が暴いたのは熱い展開だったと思います。何を根拠に、と反論する犯人に「それは私が、月読だからです」(463ページ)と言い放った朔夜、かっこよかったです。

 惜しむらくは、“3人以上の人間が同時に死んだとき”という設定のとってつけた感。超常現象に具体的な数字が入るとちょっと温度冷めちゃいますね。

 

 そのほか、犯人の動機は文春文庫らしくエロスと愛憎を絡めたもので、読者の意表をつく斬新さがあります。物語の序盤から行方不明だった朔夜の父親が最後の最後で登場したことも、犯人とどう関係していたかも、あっけにとられる展開でした。黒づくめの服装をしていたことから、「この人も月読かな」という予想は我ながらいい線いってたけど、まさか父親とは想像つきませんでした。

 しかも、その朔夜に双子がいたことも予想外でした。唐突だったんで「どっから湧いてきたんだ」と思いましたが、見落としてるだけでちゃんと伏線が用意されてるんですよねェ。焙じ茶のシーンなんて完全スルーでした。これが匠の技かぁ、悔しい~。

 

 なんだか辛口で綴ってしまいましたが、ミステリ作品のいいところは読み返しで味が変わるところにあります。少し寝かせてから再読すれば、180度違う感想になるかもしれません。そのときはぜひ、ぶつ切りせず一気読みしたいと思いました。