空の屋根に座って

感動は、残しておきたい。

【感想】現金強奪作戦!(但し現地集合)

 明けましておめでとうございます。昨年に訪れてくださった方も、今年はじめて来てくださった方も、ありがとうございました。昨年はすべての方々にとって大変な一年となりましたが、今年こそ明るいニュースが聞けるといいですよね。2021年も当ブログをよろしくお願いいたします。

 自粛期間中に読書をしようと思ったのですが、集中力と想像力が足りなくて、気づくと文字を追ってるだけになります……。当然、内容なんて頭に入りません。なので、最近は短編集を読むようにしています。

 今回の感想は、倉知淳さんの『シュークリームパニック』に収録されている『現金強奪作戦!(但し現地集合)』です。タイトルが個性的ですよね。ただし、オチをネタバレすると最高につまんなくなるので注意。


 主人公は家賃が払えず取り立てに喘ぐ青年「サトウ」。物語は、そのサトウが後楽園のウインズでハズレ馬券を拾い集めているところから始まります。なんでそんなことをしているかっていうと、もしかしたらその中に当たり馬券が混じっているかもしれないから。そんな有るかも分からないものを頼りにしなければいけないほど、主人公はジリ貧でした。

 そこへ声をかけてきたのが「サクラダ」という一人のオッサン。
「兄ちゃん、金、欲しいないか?」
 見ず知らずの人間から出し抜けに尋ねられて、怪しさがハンパないです。絶対ヤバイ仕事だ、と思いつつもサトウはジリ貧。話を聞いてしまいます。

 ちなみに持ち掛けられた話は銀行強盗だったんですけど、追い詰められていく人間の心理が短いながらも順序だてて描かれていて、強盗が悪いことだって分かってはいるけど、それでも主人公には同情してしまう。ドン底にいる人間に甘い話をしてはいけません。1000%乗っかってしまう……。

 ただ、すごい暗い話かというとそうでもなくて、滑稽な表現が多いです。ギャグミステリといった感じ。
 たとえば、主人公は高校卒業後に上京して仕事に就いたらしいのですがそのときの経験を語ったのが以下。
「焼きあがったメロンパンがベルトコンベアで流れて来るので、それをトングで挟んでひっくり返す。ただただひたすら、ひっくり返す。メロンパンが流れて来る。それをひっくり返す。メロンパンが流れて来る。それをひっくり返す。一日九時間、延々とそれを繰り返す。メロンパンが流れて来る。それをひっくり返す。人間的な感情が、耳の穴から流れ落ちていくのを感じた。たまの休みのパチンコや競馬が、唯一の楽しみだった。そして休み明けには、メロンパンをひっくり返す。メロンパンが流れて来る。それをひっくり返す。おかげで今もってメロンパンが食えない。あの甘い匂いを嗅いだだけで気が狂いそうになる」
 こんなにメロンパンって書くことないよね……(笑)ダメ押しで、
「特技といえば、メロンパンをひっくり返すことくらい」
 と自虐も忘れません。

 この話の山場は何といっても銀行強盗当日。
 サトウはいわれたとおり、ターゲットにしている銀行に客を装って入店します。迎えた決行時刻。目出し帽を被った仲間が「動くなっ、おとなしくしろ!」とお決まりのセリフで行内にいる人を黙らせます。
 主人公も拳銃(モデルガン)を高々と見せつけるように掲げて威嚇。けれども、仲間はいつまでもその場を動きません。立ち尽くしています。なんか事前に聞いていた段取りと違うんだけど……!

「おいおい、何やってるんだ、僕の役目はあんたを補佐して金を運び出すことなんだぞ。あんたが動いてくれないと、こっちも何もしようがないじゃないか」

 胸中では焦りまくっている主人公。それでも他の目出し帽たちは微動だにしません。

「人質の皆さんも、手を挙げたまま止まっている。指示も命令もないので、困惑し始めているのがありありと判る。表情も、当初の驚きや恐怖が薄れ、きょとんとした顔つきになってきた。『えーと、どうしたらいんでしょうか、私達は。何かした方がいいんじゃないでしょうか』とでも云いたげである」

 この皆が皆、「今の時間、何?」状態なのが面白いです。その空気を見事に表現できているところも素晴らしいし、それまでの軌跡からは想像もつかないような展開であることも意表を突かれました。

 じつは持ち掛けられた銀行強盗は、別の場所で銀行強盗を成功させるための囮だったわけです。イヤーやられた。ちなみに一緒にいた仲間と思っていた目出し帽たちは、サトウと同じくサクラダに話を持ち掛けられた哀れな子羊。本物のサクラダは別の銀行を襲撃してちゃっかり逃げ遂せていたのでした。これぞ現地集合が招いた悲劇……。

 じつは今回読むのは二度目でして、やっぱり一度目ほどの驚きはないものの、時間が経っても印象強く残っている作品です。この本には六編収録されているけど、私はこれが一番面白かったです。